梨子と坐骨神経痛

坐骨神経痛もち26歳の記録 腰椎椎間板症か梨状筋症候群か確定診断つかず

はじめての理学療法士

去年の4月、都内の整形外科を訪ねたのは、ある先生に会う為だった。 

民間の治療院をいくつも訪ね歩く私を見て父が提案してくれた。

先生はよくテレビの健康番組に出ていて、本なども出版している有名な先生だった。その先生が整形外科の院長をしているので、一度いってみるといいとのことだった。

とても綺麗な女性らしいセンスの病院だった。

診察室に入ると、テレビでよく見た先生がいた。 
先生からの診断は前の記事に書いた通りL5-S1の腰椎椎間板症だった。
その時の診断はレントゲンだけだった。

お辞儀をしたりする姿勢で、L5-S1の間だけ多く開いてしまい、他の部分を使えていない。
またそこが反り腰になるのに他がストレートバックだ、ということだった。

そして梨子ははじめての運動療法をうけることになる。 

はじめて理学療法士に会った。
その理学療法士は小柄なおじちゃんだった。
目が可愛い声のとても小さい人だった。

そのおじちゃんは椎間板症もあるのだろうけど、右股関節の不安定さも影響しているのではと初日の触診で言っていた。

先生からの指示は腹筋、体幹トレーニングだったが、それに並行して右の中臀筋や外旋筋群等を鍛えていった。

おじちゃんはとても面倒見がよく、私の言う症状を事細かくいつもノートに書いていた。
リハビリの指導をするときもリハビリ計画書にポーズの図を書いてくれた。

梨子はおじちゃんのリハビリに週1で通った。
お昼、会社のランチ後にヨガマットをひいて実践し、夜もやった。 

 

しかし、臀筋を鍛えていると次の日とても痛くなる時がある。

色々とパターンを変えて臀筋を鍛えてみたが、痛い日は続いていった。

リハビリの期間を更新しても、状況が変わらず、おじちゃんも、なんか、ずっと同じこと言ってるな。。。と自信なさげになってきた。

冬になると、ずっと変わらない痛さに精神的に落ち込んでいった。

このままここでやっていていいのだろうか、という思いと、今までやってきたことを否定したくない気持ちがあった。

 

ある日とても痛くなり、もう辛くて1週間、教えられた運動療法もなにもせず過ごした。
すると、いつもより坐骨神経痛が軽くなっていることに気づいた。

少しなら、椅子に座ることもできた。

そのことをおじちゃんに話すと、臀筋が緩んで、いい結果になったのかもねと言っていた。

それでもおじちゃんは、痛くても動かさないと動かなくなるからと、臀筋を使わせたいらしかった。

 

梨子はどうすれば良いかわからなくなった。